「むだづかいをしない」
と呪文のように言われて育ち、
「もったいない」の暗示をかけられ
大人になっても呪縛となっていた。
よくよく目を凝らすと、親世代から教わった
「もったいない」は現代の感覚とはちょっと違っている。
「物を大事にする」=「物を捨てない」
実家を見渡すと、押し入れに箱のまま積まれた引き出物の食器。
流し台の上におかれた使われず色あせていくだけの調理器具。
使われることなく一生を終える。
それは、「もったいない」とはいわないの?
物は使われるために生み出されたのではないの?
この場所で生かせないなら、別の場所で生かすことはできなかったの?
生かすことができないのなら、せめて自分で最期は看取って成仏させてあげるべきではなかったの?
無駄遣いしていたのは、使わない物を管理するためにに使っていた、場所と時間と手間。
「もったいない…」
【手放したモノ】
タオルとシーツ
(使う分だけ残して後は汚れ拭き用ウエスに。最期まで、無駄遣いしない。)
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